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『くじけないで』


本屋さんで、ふと視界に入ってきた本です。


以前、新聞に載っていて、気になっていたこともあり、買って帰りました。


柴田トヨさんという99歳のおばあちゃんの詩集です。


本にトヨさんの写真がありますが、本当に可愛らしいおばあちゃんですね♡


それと、99歳なのに、豊かでみずみずしい感性には驚かされました。


私は、トヨさんの3分の1も生きていないけど、トヨさんの方が気持ちが若いと思います。


どれも短い詩だけど、読んでいて目頭が熱くなりました。


字数が多いほど、言葉を尽くせば尽くすほど感動を与えるとは限らないのです。


どの詩も、その時のトヨさんの気持ちがストレートに伝わってきます。



生きていれば、いろんなことがあります。


人知れず悩み、苦しみ、涙を流すこともあるでしょう。


だけど、お天道さまの光は、誰にも平等に降り注ぐし、朝は必ずやってくるという言葉に勇気をもらいました。


こんなことでくじけていられないわい、そんな気持ちがムクムクと湧いてきました。


トヨさんの99年の人生を思えば、私の悩み、苦しみなんてちっぽけなものです。


お年をとると、物忘れをしたり、体も衰えるけれど、トヨさんは、できないことより、今できることに目を向けている。


そのポジティブな姿勢を見習いたいです。


42の詩の中で、一番好きな詩は「あなたに Ⅰ」です。


出来ないからって



いじけていてはダメ



私だって 九十六年間



出来なかったことは



山ほどある



父母への孝行



子供の教育



数々の習い事




でも 努力はしたのよ



精いっぱい



ねぇ それが



大事じゃないかしら




さあ 立ちあがって



何かをつかむのよ



悔いを



残さないために


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【2010/11/25 23:38】 book | トラックバック(0) | コメント(1) |
『朝食を抜いたらこうなった』


甲田光雄先生の「朝食を抜いたらこうなった」という本を読みました。


先生が、実際に診察してきた患者さんの症例を交えて、朝食抜きについて書かれています。


朝食を抜いたほうが体にいいということは、疑いようのない事実ですが、途中の過程で困ったことが起きることもあります。


例えば、朝食を抜いて食べる量が減った結果、体重が極端に減少してガリガリになってしまうということがあります。


私も経験者なのでよくわかるのですが、断食を始めて間もないころは、断食する度に体重が落ちるものですから、一時は38キロくらいになってしまったことがありました。


そうなると、周りが心配するわけです。


最近、痩せたんじゃないとか、心配されるけれど、本人は、体は軽いし、調子はいいし、何も困っていないのです。


これは一時的なことなのです。


甲田カーブといって、体重が落ちるところまで落ちたあとは、徐々に体重が増えてきて、やがては適正な体重に落ち着きますから心配いりません。


本書の症例の中でも、周りからヤイヤイ言われた結果、また元の食生活に戻って、症状がぶり返してしまったという方がいました。


大事なことは、そこで朝食抜きをやめないことです。


こんなケースもありました。


肝臓の悪い方が、生菜食療法を行ったところ、検査で肝臓の数値が上がってしまった。


これも、数値の上昇という点だけ見れば、困ったことになるのですが、好転反応、つまり肝臓がよくなる前兆だったのです。


「症状即療法」という言葉を先生はよく使われますが、症状が悪化したときは、むしろ、あぁ、これからよくなるのだな、と有難く受け入れなくてはならないのですね。


断食中に、胃のムカつきを感じたと以前ブログに書いたことがありましたが、これも胃が修復されてよくなっていく過程だったのです。


それだけ胃が荒れていたというわけですね。


朝食抜きは、時に思わぬ副産物をもたらすこともあります。


患者さんは、別の病を治そうと始めたのに、気がついたら頭痛が起きなくなったとか、そういうことは枚挙に暇がないといいます。


確かに、私も以前は頭痛持ちだったのですが、朝食を抜くようになったら、頭痛がないのです!


頭痛の発生には、宿便が関係しているようです。


宿便がすべて出たかと言われると、わからないのですが、少なくとも、朝食を食べていた頃と比べれば、老廃物が出やすくなったことは確かでしょう。


この本を読んでいて、しみじみ感じたのは、人間の食欲というのは、強力で恐ろしいということです。


理論通りにはいかないのです。


先生も、自分の意志でコントロールできるような、そんな甘いものではないとおっしゃっています。


例えば、今日は、甘い物は食べないぞ、と思っていても、戸棚を開けて甘い物を見つけた瞬間に、その決心は揺らぎ、いとも簡単に食べてしまうということが何度となくありました。


甘い物を食べているようでは、真の健康体にはなれない、とわかっていても、そういう行動をとってしまうのです。


まずは、そういう自分の弱さを受け入れるところから始めないといけません。


甲田先生も、ご自身の人生の大半を、この食欲と取り組んできたといいます。


ですから、私のような凡人が、そう易々と甘い物をやめることはできないでしょう。


でも、初めから無理だと諦めてしまったら、いつまでたっても変わることはできません。


それこそ、一生をかけて取り組む課題だと思っています。


つまづきながらも、前に進まないといけません。
【2010/11/06 19:20】 book | トラックバック(0) | コメント(2) |
『ごえんの法則』


小林正観さんの「ごえんの法則」という本を読みました。


正観さんの本は、大概話の内容がかぶっているのに、手に取ってしまうという不思議な力がありますね。


ス~ッと吸い寄せられてしまうという感じです。


でも、この本は新しい話が多くて、買ってよかったと思いました。


正観さんが入院されて、その間にテープレコーダーに吹き込んだものを文字に起こして作られたそうです。


入院によって新たなものの見方というのも生まれたことでしょう。


縁・円・援・宴・園


5つのえんに分けて話が展開されています。


今回も不思議なこと満載で興味深く読ませていただきました。


不思議なこと、それは目には見えない力に他ならないわけですが、


殺人や強盗などの事件が起こった現場というのは、水回り(トイレ・流し・洗面所など)が汚れているそうです。


警察の鑑識の人の話です。


水回りをピカピカにしていると、泥棒などが侵入することができないそうです。


家の外から中の様子はわからないのに、不思議ですよね。


人間には、見えない何かを感じ取る力があるんでしょうね。


人間だけではなく、植物や鉱物も不思議に満ちています。


鉱物は、一般的には生きているものとはされていませんが、宇宙の法則では生きているといいます。


私が常々感じていた、「物にも意識がある」という考えに通じるところがあり、読んでいて嬉しくなりました。


すべてのものは、輪廻転生しており、物であっても、機能して役に立っている間は生きているのです。


そして、物もまた、喜ばれるために存在している。


コップを例にとると、コップには水やお湯を溜めておくという機能があります。


この機能があるうちは、コップは生きている。


ところが、誤って、コップを落としてしまい、割れてしまった。


ガラスが粉々になり、もはやコップとしての機能はなくなりました。


コップは死んだということになるわけです。


死んでしまったらそれまでかというと、無機物が輪廻転生を10万回繰り返すと、次は植物に生まれ変わるんですね。


植物にも段階があって、ほとんどは人の目に触れずに一生を終えるようです。


植物が9万5千回生まれ変わると、やっと人間の家や庭に置かれるようになり、人を癒すという資格が与えられます。


だから、人家の庭に植えられた植物というのは、本当に幸せなんですね。


今まで見向きもされなかったのが、キレイだねとか言ってもらえる。


そして、植物への声かけというのは、思ったより効果があります。


ある植物学者によれば、


①植物は人間が好きなので、近くに寄ってきただけでワクワクドキドキしている。


②植物は人間が好きなので、「おはよう」や「こんばんは」と声をかけられただけでものすごく嬉しい。


③植物は人間が好きなので、「きれいな花だね」「きれいな葉っぱだね」「今日も元気だね」などと賞賛されるとものすごく嬉しく、「この人のためなら死んでもいい」と思うくらいに嬉しい。


という特徴があるそうです。


ひとつ付け加えておくと、正観さんが栽培していたサボテンが、1ヶ月講演で留守にしたら、枯れてしまったそうです。


枯れかけていた植物でも、声をかけてあげれば、もしかしたら元気が甦るかもしれませんね。


最近、ありがとうを言う回数が減っていたのですが、正観さんの本を読むと、よし、たくさん言うぞ!という気になってきました。


パワーがチャージされた感じです。

【2010/07/11 14:06】 book | トラックバック(0) | コメント(1) |
『インテリジェンス人生相談』


佐藤優氏の「インテリジェンス人生相談」という本を読みました。


あまり期待しないで読み始めたのですが、笑いすぎてお腹が痛くなるくらいおもしろかったです。


相談に対する解答には、佐藤氏の人柄がよく滲み出ています。


元外務省主任分析官という経歴と、眼光鋭いお顔からして、きっと気性の激しい怖い人なんだろうな・・・と思っていたのですが、実はクリスチャンで優しい一面もあるんですね。


イメージで人を判断するものではありません。


実にいろいろな相談があるのですが、凡人には思いつかないような、それでいて的確な解答が飛び出します(いたって大真面目に答えておられます)。


一番面白かったのは、「夫が佐藤さんの本を買ってきて困ります」という相談。


確かに、本を買わないように助言する作家なんていないですよね(笑)


自分で自分の首を絞めるようなものですしね。


本を読んだからといって、すぐに役に立ったり、何かに結びつくというものではないけど、単行本10冊とレタス150玉を同じ価値だと言い張る相談者は短絡的でしょう。


そんなこと言ったら、世の中のものの大部分は無駄で無意味だということになってしまいます。


佐藤氏の言うとおり、読書は、安価で他人に迷惑をかけない趣味だと思います。


たばこや酒、ギャンブルにつぎ込むより、断然、有意義な支出だと思うのですが・・・


それにしても、佐藤氏は、相当な博識ですね。


ご自分では謙遜して「頭が良くない」とおっしゃっていますが、これだけ幅の広い内容の相談に機転のきいた解答をするのは、頭がよくないとできないと思います。


論理的な文章力も、ずば抜けた読書量に裏打ちされたものだと思われます。


ところで、私は、昔より記憶力が落ちたと自覚していますが、人間は必要に迫られれば(生活がかかっているとか)、覚えられるようになっているんですね。


自分にとって必要な情報は脳に蓄積され、そうでないものは素通りしてしまうということになっているのでしょう。


最低限、夕べ食べたものを思い出せればまだ大丈夫なようなので、安心しました。

jinseisoudan_shakai.jpg


社会編のほうは、これから読むところです。
【2010/06/01 17:49】 book | トラックバック(0) | コメント(0) |
『100%幸せな1%の人々』


小林正観さんの「100%幸せな1%の人々」という本を読みました。


今、悲しみや苦しみの最中にいるときは、そのことがどう未来に繋がっていくのかわからないのですが、宇宙では幸福なら幸福、不幸なら不幸な出来事が単独で存在しておらず、必ずセットで存在しているようです。


苦しみは楽しいこと、幸せへ向かうためのプロセスと考えれば、気が楽になるような気がします。


それに、そもそも、辛い出来事があったにしても、生まれる前に人生のシナリオを事細かに書いたのは自分なのですから、それに対して文句を言っても仕方ないですよね。


正観さんも、ご自分の人生を振り返られて、21歳のときに家を追い出されたからこそ、今の仕事をやることになったので、追い出してくれたことに感謝するようになったそうです。


病気や事故というのも意味があって、あなたの生き方は間違った方向へ行っていますよと教えてくれている有難いものだったんですね。


自分の能力や努力ですべてのことをやっているんだと思い上がっていると、必ず事故を起こすようになっており、事故を起こした人は、必ず、より謙虚になるのだそうです。


まさに、私がそうだったので、なるほどな~と思わずにはいられません。


あのときこうしていたら、事故なんて起こさず済んだのでは・・・と自分を責めたりして随分苦しんだけど、終わったことは終わったこと、周りに感謝して安全運転していけばいいんだと気持ちを切り替えることができました。


罵倒されたりしたけど、それで打たれ強くなったし、嫌な役を引き受けてくださって感謝だと思います。


そして、神様のご加護があったからこそ、今、こうして生きているんですよね。


災難と無縁になるには、何も起きず、普通に、淡々と過ぎる日常こそ幸せの本質であることに気づくことしかありません。
【2010/05/17 00:08】 book | トラックバック(0) | コメント(0) |
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